洋書屋トトの読書生活

トトは古代エジプトの知識の神。この世のあらゆる知識を込めた42冊の本を書いたとされています。

マネ「フォリー・ベルジェールのバー」コートールド美術館展 待機組です

コートールド美術館展。3月下旬から神戸市立博物館で開幕予定でしたが、新型コロナの影響で開幕延期となっております(泣)

終了は6月21日なのですが、これは変わらないのでしょうか。心配しながら、開幕を待っています。

ただ、ぼおー、と待っていても仕方がないので、展示予定の絵をいろいろ調べてみることにしました。

今回は、一番のみどころである、マネの「フォリー・ベルジェールのバー」です。

マネ最晩年の大作。もう病が進行していたマネは、途中から自身のアトリエにバーカウンターを再現して描いたそう。

一番心を惹かれるのは、やはり中心の女性の物憂げな表情でしょう。正面に相対するあなたは、どうしても彼女の内面を知りたくなってしまう。しかし、当の彼女は、あなたを見ていません。視線はあなたを通り抜け、ホールの喧騒を眺めています。もしかしたら画面左の奥の、一際目を引く白い服の女性(マネがよくモデルに使ったメリー・ローランといわれています)を見ているような感じもします。どちらにせよ、自身の境遇と、目の前に広がる世界を複雑な心境で見ているのではないでしょうか。当時のバーメイドはお酒だけでなく自身の体も売っていたそうです。

鏡像の女性と男性と、現実の世界の位置の整合性が合っていないことが描かれた当初より話題になっていたそうです。その後、この男性は絵を見る人の位置ではなく、もっと左の、画面から切れたところにいて、女性と向かい合っているのではないことがわかり、他に酒瓶の位置なども含めて整合性は合っていることが分かっています。

Manet's Bar at the Folies-Bergère: One Scholar's Perspective

いかにも彼女と話している(交渉している?)かのように描かれている男性もそう考えると、その視点の先はやはり、鏡に映っているメリー・ローランのようにも思えます。

この2人は、それぞれ現実と鏡像のメリー・ローランを、これまたそれぞれ胸の内に何か感じながら眺めている絵のように思えます。この絵を見ている透明人間のあなたは、彼女の目の先にも鏡の中にもいません。複雑に錯綜する視点と、現実の世界と鏡の世界の対比、そしてその中で唯一取り残されてる、傍観者のあなた。この曖昧模糊として関係性がこの絵の魅力の一つかもしれません。

ここまでは、いろいろなブログに書かれていたり、画像をみて私が感じたりしたこと。では、実際の絵に相対したときに、何を感じることができるのでしょうか。現在の状況が早く落ち着き、この絵に会える時が早く訪れてくれるよう、願うばかりです。