洋書屋トトの読書生活

トトは古代エジプトの知識の神。この世のあらゆる知識を込めた42冊の本を書いたとされています。

『舟を編む』(三浦しをん)


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あなたには何か夢中になれるもの、これがあれば他は何もいらないというもの、人生をかけることができるものがあるでしょうか。

舟を編む』は辞書づくりに人生をかけた人たちの物語。まさに生きることと辞書を作ることが一致している特異な人が主人公。彼の頭の中には辞書「大渡海」を出版する、ということしかありません。

この人、辞書づくり以外には全く興味がなく社交性にも欠け、そのちぐはぐな振る舞いや言動がとても面白いのですが、私は、出版社で働く主人公の同僚で、特に辞書づくりに情熱を持っていない「普通の人」の方にとても感情移入してしまいました。

私自身も、必死に何かに取り組んでいる人を横目に見ながら、自分は到底そこまでできない、と思いながら生きている人間です。

そのような人からみれば、きっと主人公のような人がそばにいると、嫉妬心と尊敬がない混ぜになった微妙な心持ちで接することになるのでしょう。そしてその度に「なぜ自分はこうでないのだろう」「自分は何なら夢中になれるだろう」と自問自答すると思います。

会社の帰りの電車のなか、スマホを眺める指をとめ、ふと「こんな人生でいいのかな・・・」と虚しい気持ちに囚われることはないでしょうか。

この物語は「自分には何もない」と思っている人にも、勇気を与えてくれると思います。あなたにはあなたの生き方がある。自分ではない誰かの人生を羨むのではなく、あなたの人生を歩む。

そして、真っ直ぐにやりたいことに夢中になっている人たちも、きっと悩みや葛藤を抱えながら生きている。そう思うと「自分がしたいこと」ではなく「自分が誰かためにできること」は何だろうか、とも思うのです。

あと、辞書づくりの裏側や出来上がっていく様子を知ることができるのもとても興味深い。大学の専門分野の先生に、見出し語の用例を依頼しているところなんて面白いですよ。辞書ってこうやってできていくものなのだ、と感心しました。これから辞書を見る目が変わると思います。何だか、辞書を「読みたく」なりました!